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11.09.30【104/730】怒る

今日、ソロモンに来て初めてプッツンしそうになりました。

その前に我が家のことを少し。うちは隊員ドミと同じ敷地内にあります。隊員ドミは二階建ての家の二階にあり、一階はソロモン人の管理人が住んでいるのですが、居候の親戚が10人以上います。

その親戚たちは我が家の周りを自由に徘徊します。そして、我が家のレインタンクも自由に使います。ただ、大した量でないのと、家の周りの草刈りをしてくれていたので、それは今まで黙認してきました。

しかし、です。事の起こりは帰宅して見つけたレインタンクのありえない状況。本来下を向いているはずの蛇口が天を指してる。そして、その周りから水が漏れている。朝は普通の状態だったのに。

事情を聴きに管理人の家に行くと、管理人とセキュリティ代表の若者がいろいろと説明してくる。「マムが水を取りに行ったら、水が漏れていた。誰かが無理やり回したみたいだ。それを聞いて接着剤で直してみた…など」

いやね、「誰かが壊した」の「誰か」は、あなたの家のだれか以外ににありえないわけですよ。というかそれを認めないと、管理人=セキュリティとしての存在意義を自ら否定することになるわけで。
でも彼らは決して謝らないんですね。

一応、名誉のために管理人さんはJICAの雑務もやっており、普段もお世話になっているとても良い人です。だから彼に対してあまり強く言いたくない。壊したのは身内とはいえ別の誰かだろうし。

ただ、ここはちゃんと言っておかないと先を考えても宜しくない。ということで淡々と詰めていく。そして、いつまでにどうするのかを相手に言わせる。その結果、明日来るように修理業者を手配して
、スペアのドラムを用意してもらい、しばらくレインタンクは共有にしないことを決めました。とりあえずはそれで納得。

怒ることはあまり好きじゃありません。怒ったところで物事は進まないし、怒った自分も相手も嫌な気分になることが多いから。でも言うことは言わなきゃいけないし、事の重大さは分かってもらわなきゃいけない。

うん、怒り方って難しいですね。
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11.09.26【99/730】断水

今日で断水して3日が経過。これまでで最長記録。レインタンクにはたっぷりあるからなくなることはないけど、やっぱり水道が出ないのは不便です。洗い物を全くする気が起きない…

こんなこと言ってると、水道のない隊員から「甘い!」と言われてしまいそう。まして、村落開発普及員という村にいるはずのヤツが首都の暮らしに文句つけているという有様。たるんでいます。

でも、人間あるはずのモノがないとやっぱり不満・不便を感じてしまうんですね。きっと水道が元々ない所なら、そんなことも感じないのでしょう。でも、あるのに出ない。フラストレーションです。

まあそんな状況で(一応)開発の現場にいる身として思うことは、援助の先にはこの人間のあくなき欲望が眠ってるんじゃないかっていうことです。つまり、終わりのない迷路のようなものなのかと。

そもそも途上国とか先進国とかいうけど、その境界ってどこ?と思うわけです。よく一日2ドル以下で暮らす人の割合が…とかいうけど、じゃあそれが改善されたら、急に明日から先進国になるのか。

今までただでもらえていたもの(=援助)を放棄して、自分の足で立とうとすることは想像以上に難しい気がしています。そして、今の枠組みがある限りその連らにも終わりがないんじゃないかとも。

こっちでは日本って豊かな国、良い国って言われるけど、10人に一人が鬱になって、年間三万人が自殺して、満員電車に毎日詰め込まれる国を本当に羨ましいって思えるのかな。

そんなことを悶々と考えながら、一向に出てこない水道との睨めっこは続きます。

11.09.17【90/730】ソロモンのリフォーム

二週間ぶりの我が家。管理人さんが留守中に工事をすると言っていたので、預かってもらっていた鍵をもらって中へ入ると、ライトとファンとスイッチが新しくなっている…んだけど、幾つか気になる点が。

①天井の蓋が全開で放置
→動かしたら元のところへ戻しましょう。

②部屋中にネジやら導線が散乱
→自分で散らかしたものは自分で片付けましょう。

③コップと懐中電灯が消える
→使うのは良いけど、ちゃんと返してください。いや、その前に勝手に使わないでください。

④今まで分かれていた家の中と外の電気のスイッチが統合
→これはさすがに困る!セキュリティライトだけつけておけない!これは後日直してもらうことに。

結果として今まで使えなかった廊下の電気と部屋中のコンセントが復活していたので、総合的にみるとリフォームは成功?だったのかもしれない、とプラスに考えてみました。

どんどん満足の基準が下がっています。

11.09.08【81/730】若者のすべて

お昼休み、買い物へ出たところで、一台の車に呼び止められた。中を覗くと、そこには昨日知り合った学生のJudahとその仲間がいた。「夜に遊びに行っていい?」と聞かれたので、「うん」と軽く返事をしてその場は分かれた。

そして夕方、一人バーでビールを飲んでるとセキュリティの人から、「君の友達らしい人が来てるぞ」と言われる。正直全然覚えてなく、言われるがまま門へ向かうと、そこに酔っぱらった彼らが「おばー」と叫びながら立っていた。

内心、「あちゃー」と思っていたのだが、引き下がる感じもなかったので、一緒に中で飲むことに。「今日は俺が出すよ~」なんて言われ、日本でいう未成年にお酒を奢られる自分。ちょっと微妙な心境になりつつ、飲んで話をした。

Judahは18歳でForm6の学生。今年の12月の試験に受かれば、Form7に進学し、大学への道が開ける。そんな彼も今は木材の仕事をし、酒とたばこと女の子に無我夢中といった様子で、「大丈夫かな?」と思う所がなかったわけではない。

下ネタと女の子の話に目を輝かす。洋楽がかかると、歌詞をちゃんと覚えていて歌いだす。fuckとかshitとか汚い言葉をたくさん使っている。そして、何度も「俺はアメリカか日本に絶対行ってやるんだ。」と漏らす。

そんな姿を見ていたら、ふと自分の高校時代のことを思い出した。もちろん酒もたばこもしてないし、女の子にも縁がなかった(涙)けど、背伸びをして、カッコいいものに憧れている姿に、どこか共感をしてしまった自分がいた。

多分、人間ってそこまで変わらないんだと、こっちにきて心から思えるようになってきた気がする。初めは、日本人だからという思いがあったけど、○○人ていう括りにそんなに意味がないように思えてきたのだ。

何人であろうと、会い対せば一人の「ヒト」なわけで、そこに「○○人」というラベルを張ってみたところで、見える景色は変わらない。むしろ、そのラベルが邪魔をしてその人の姿をちゃんと見れなくなっちゃうんじゃなかろうか。

とりわけ日本は愛国心とか国家の品格とか言って、国という括りを大事にしてる気がする。確かに故郷、ホームを大事にすることは大切だし、それが自分のアイデンティティの一部であることは否定できない。

でも、それが人と接するときにどれほどの意味を持つのか。自分にとっての国という枠組みの重みが相手にそのまま当てはまるわけではないと考えていないと、その人自身をみれなくなってしまう気がする。

どこから来たって、どこに住んでたって、どんな血を引いてたって、同じ人間。それ以上でも以下でもない。きっとそれが全てなんだ。

11.09.07【80/730】Mundaの一日

今日は3日間過ごしたGizoを発ち、Mundaという町へ移動。飛行機にのること30分。というか飛行機に30分だけ乗ったのってはじめて。あっという間の空の旅。窓の下には小さな島々が無数にあって、海は青と緑の中間の色をしてる。

滑走路はやっぱりただの野原。そして横にあるのはターミナルとは言い難いほったて小屋。Mundaの町はとても小さい。数件の商店と銀行、そしてTelekomがあるだけ。5分もあれば中心地の端から端まで歩けてしまう。

ウェスタン州農業省のMundaオフィスにて担当者と顔合わせ。そして、ここからボートでRendovaという島へ行く…はずだったのが何と燃料費が手元にないという事態。結局、Rendova行は諦めて、今日はMundaに泊まることに。

同僚のウガンダンと一緒に海沿いのAgnes Lodgeというところへ。東南アジアの安宿級の部屋が400ソロモンドル。日本円で4,800円。高い。スタッフが夕食のオーダーを取りに来る。一番安いスパゲティが120ドル。仕方なくオーダー。

19時過ぎ、食事の用意ができたとスタッフに呼ばれて奥のバーへ。そこでソロモン初の生ビールを発見。しかも、缶より安くて量も多い!迷わずそれをオーダー。久々の生ビールはやっぱりうまい。

ビールに機嫌よくなってるとスパゲティが運ばれてくる。ブヨブヨ麺にボソボソのミートソース。きっとMundaで食べられる最高のスパゲティがこれなんだと、自分に言い聞かせながらたいらげる。

食事が終わって、部屋で一人音楽を聴きながら本を読む。外から時々、やかましい音楽とソロモン人の叫び声が聞こえてくる。今日はそんなに気にならない。要は自分の心次第。気にするかしないかの問題。

いつしか夜も深まっていって、電気をつけたまま本を枕に寝ている自分に気づく。でもそれが逆の心地よい。うとうととしながら、どんどんと夜は更けていく。そんな出張先での一夜。

11.09.06【79/730】ソーシャルコネクション

今日の仕事が終わって、同僚のウガンダンとホテルの部屋で談笑していたときのこと、ふと家族の話題になって互いの家族の写真を見せ合った。そして、「兄弟は?」と聞かれ、「一人っ子だよ」と言った途端、彼の表情が変わった。

「それは大変だ。兄弟がいないということは社会的なつながりがとっても弱いじゃないか。君は困ったとき誰に助けてもらうんだ?」とぐわーっと言われ、ちょっと思考が停止したので「まあ日本じゃ普通だよ」ととりあえず返した。

でも、彼が言うSocial Connectionということについて、これまで深く考えてこなかった自分がいたことに、同時に気づいた。これまで一人っ子であることがマイナスだと思わなかったが、不利なことなのかと初めて思ったのだ。

兄弟だからといって、その繋がりが強いかどうかは別だ。でも、少なくとも自分が家族と呼べるのは祖父母、両親だけで繋がりの土台がそもそもないと考えれば、それは生まれながらに持ったハンディキャップなのかもしれない。

「君の両親がなくなったら、家族と呼べる人はもういないんだ。そうしたら、君は孤立してしまうよ。」と言われて、ちょっと怖くなった自分がいた。きっと、本当にその時が訪れたら、こんな程度じゃ済まないんだろう。

最後に「君は最低でも二人子供を作った方が良い!結婚するときは、まず子供を二人作って良いかどうか確認しろ!」と役に立つような立たないようなアドバイスをもらった。でも、それを本気に考えてしまうくらい、自分の中で「家族」というものが、ずんと重くもたげていた。

11.09.05【78/730】無知をさらけ出す

今日は今回のプロジェクトに関わる関係機関とのミーティングに同行。ウェスタン州の災害管理局支部、農業局、教育局を担当者と一緒にまわり、プロジェクトがどのようにそれぞれの活動をサポートできるかを話し合った。

ちなみに今回関わっているプロジェクトはUNDP(国連開発計画)が行っているRendova Post-disaster Recovery Project。2010年に起きた津波の復興プロジェクトで、今回はCommunity Action Planの確定から実行までを行う予定。

さて、ミーティングに参加してみた感想はとにかく自分の存在価値がない!内容も高度だし、それ以前に語学が追い付かない。しかもピジンじゃなくて英語なのに。今日の総括で聞いた記憶のない話が半分以上あったくらい酷い有様。

そして、ウガンダ人のプログラムアナリストが仕事がよう出来る。聞けばNGO、世銀、UNDPで村落開発に17年携わってきたとのこと。そりゃあ、すごいわけだ。多少強引な所もあるけど、現場でやってきたという自負が感じられる。

そんな中で模索する自分の存在意義。でも、自分はボランティアだし、このプロジェクトに関わったのも今日が初めてなんだから、別に進んで出ていかなくても、任せて見ていれば良いんじゃないかと考えてしまっている自分がいる。

でも、それじゃ何も変わらない。自分の立場とか肩書とかは関係ないんだ。自分が何をするか、何をあげられるのか。それを実行していかなきゃ、いくら時間を重ねても成長なんてできやしないし、時間はあっという間に過ぎていく。

あぁ、自分に今まで足りなかったもの。それは所有感、つまりOwnershipだったんだ。自分が責任を持ってやるということ。自分のコントロールのもとで物事を進めていくこと。これがなかったから、実感が伴なってこなかった。

すぐに何が出来るわけじゃないけど、でも今できる事、つまり自分の無知を認めて、それをさらけ出す。そんなことをテーマにこの出張に望んでみよう。それで何が変わるかわからないけど、きっと何かを学ぶことは出来ると信じて。

11.09.01【74/730】避難計画案作成

昨日と今日でタンボコ村の避難計画案を作りました。先日行ったワークショップ結果をもとにして、まだサイレンがどの程度届くのかなど不明なところもありますが、とりあえずの大まかな枠組みができたという感じです。

あまり複雑にしても実践的ではない、という専門家の方の方針のもと、シンプルで簡潔な避難計画になりました。次は来月にこの案を住民に説明し、ブラッシュアップした後に10月の避難訓練を行って、11月からの雨季に備えます。

そして今更知ったのが、パワーポイントでアニメーションを入れて動画形式で保存が出来ること。これを使えば、避難の流れが視覚的にわかるので、説明もしやすくなりそうです。思わずいろいろと試して時間ばっかりかかったけど。

そして、それを見た同僚が「おー」と驚いてくれ、カウンターパートには「こういうことをぜひやってほしい」と言われました。うん、村落とはまるで関係ない(笑)でもせっかくなので、早いうちに講座をやれるようにしたいです。

こういうことをやらせてもらう度、プロジェクトに関わって仕事を任せてもらっている有り難さを感じています。この経験はとても勉強になるし、協力隊の後にも必ず生きてくる。日々、ワクワクしながらやれることをやっています。

11.08.31【73/730】10分の1

今日はソロモンへ来て73日目。73日って中途半端だけど、2年間という期間で考えたらちょうど10分の1が過ぎたことになる。うーん、早い。あとこの生活を9回過ごしたら日本に帰るのか。長いと思っていた2年間も、あっという間に過ぎるんだって改めて実感する。


この2か月でできたことなんて本当にたかが知れている。というか積み重なったのか?と疑問に思うくらい塵かカスみたいなもののように思えてくる。もしこれかける10のことしかできないんだとしたら、自分がここに来た意味なんかないんじゃないかって思うくらいに。

でもきっとただ積み重なっていくだけじゃない。徐々にやってきたことが繋がっていって、最後は放物線を描いていく。単純な足し算にはならないって思いたい。うん、というかしちゃいけないな。

幸い自分の今いる環境は恵まれている。やりたいこともあるし、それがやれる環境にある。だから、ちゃんと一個一個行動に移していこう。

さて、そんな勝手な記念日ということで今日はマーケットで魚を買って帰る。こっちでは30ドル(350円くらい)で30cmくらいの新鮮なカツオが手に入ります。それを日本から届いた包丁で刺身に。

いや、包丁ってこんなに良く切れるモノだったんですね。ずっとこっちの切れない包丁に慣れていたせいか、包丁を甘く見てました。勢い余って指先を切るくらい。まあ、数ミリだけど。

いや、それにしても2回目で魚を20分で解体できるようになったのもまた一つの成果だな、うん。そんな小さな達成感を感じながら、10分の1のソロモン生活が過ぎていきました。

11.08.28【70/730】モスキート・ジェノサイド

以前もブログ内で紹介した我が家。水が出が悪いことを除いては快適に住んでいましたが、最近になって2つほど悩みが出てきています。

まずは近所の住民。うちは隊員ドミと同じ敷地内にあり、ドミの一階はソロモン人の管理人さんの家になっています。そこには「ワントク」といういわゆる親戚がたくさん(推定10人以上)おり、昼夜問わず我が家の周りを徘徊しています。セキュリティの人はまだ良いのですが、うちの裏で夜中に大音量の音楽をかけたり、レインタンクの水をかっさらっていったり、家の前でサッカーをしながら叫んだり…時折ムッとすることがあります。

まあ、家の周りの草刈りをしてくれたり、恩恵にあずかっている部分もあるので今は何も言ってないですが、度が過ぎるようなら抗議しようと思います。ちなみに前任の方はあまりの騒音に怒り、ブッシュナイフ(刃渡り1mほど)で家の裏にあったハンモックと切り落としたらしい。うーん、よっぽどだったのか。

そして、もう一つの悩みが「蚊」。とにかく家の周りに蚊が多い。もちろん家の中にも入ってくるので、ゆったり座っていても蚊に邪魔をされる。そして刺されまくる。痒すぎる!一時期は両手足各10か所以上刺されました。持ってきたキンカンがすでに底を突きそう。

さらに最近気づいたのですが、こっちの蚊は蚊取り線香を炊いても勇敢に向かってきます。そして死なない。意味ないじゃん!しかも、動きがとっても機敏。日本では結構バシバシ潰せていたのですが、こっちは動きが早い上に不規則で捉えることができません。触れる事すらできない。きっと、一歩君がウォーリーと闘ったときはこんな心境だったのでしょう(はじめの一歩ネタ)。

何はともあれそろそろ献血も飽きてきたので、蚊を効率よく倒す、あわよくば一掃する方法がありましたらぜひ教えてもらえると嬉しいです。…あー、また羽音が。

11.08.27【69/730】デザインの可能性

昨日、日本からのEMSが届きました。中身は仕事に使うだろうと思われる本一式と日本の食材。離れていても家族・特に両親には支えられてばかりです。ありがとうございます。というわけで今日は読書デー。引きこもってひたすら本を読み漁りました。

今回送ってもらったのは主にレイアウトやデザインに関する書籍。村落開発普及員なのに、災害管理局なのになぜ?と思われるかもしれないですが、配属先が期待することの中に、防災教材やツールの開発と改善、そしてそのスキルの指導が入っているのです。もともとデザインなどには興味があったので、これを機会にちゃんと勉強してみようと思います。まだ入り口ですが、ちゃんと理論とか背景を知るのはとても楽しい。今まで何気なく見ていた広告などを見る目が少し変わりそうです。

さて、かじりはじめの素人がこんなことを言うのはおこがましいけど、デザインってすごい可能性を秘めていると最近感じています。理由は二つあって、一つがデザインが感情に訴えかけるモノだということ、もう一つはデザイン過程の情報の整理力の高さです。

まず、人間どっちかといえばきれいだったり格好良いものを見た方が楽しいし、気分が良いですよね。そういう人の好感情を想起させることができるのがデザインの強みだと思います。感覚に訴えかけられる、という感じでしょうか。

そして、洗練されたデザインは情報がちゃんと整理されていて分かりやすい。それはデザインの過程で、情報の優先順位と見せ方がしっかりと吟味されているから。つまり、デザインの過程で情報が洗練されているんだと思います。

まあ、そんなことを考えながらデザインのいろはから学んでいます。日本に帰った時に少しでも自分の強みになっていればいいな、という期待を込めつつ。

11.08.26【68/730】避難計画の難しさ

今日は事務所にて来週やるワークショップの準備。これはコミュニティの避難計画を作るというJICAプロジェクトの活動の一つで、それの手伝いをさせてもらっています。

まず専門家の方とどんなことをワークショップで議題にするかを話し合い、次に実際に村でどんな手順で避難を行うかのモデルと検討します。しかし、このモデル作りがなかなか難しい。

例えば水位計が警報を鳴らした時、どうやって村中にそれを伝達するか。小さい村なら、ハンドサイレンで事足りるかもしれないけど、今回の村は山の上から下まで数kmあるので、本当に端から端まで届くのか。そして、誰かがそのサイレンを鳴らすわけですが、そのトリガーをどうするか。仮に少しでも鳴らす人の判断が入る仕組みにしてしまうと、そこがネックになる可能性が出てきます。自分に置き換えて考えてみても、避難しろというサイレンを鳴らすのって結構勇気がいる行為です。

とまあ、ひとつひとつ考えていくと意外に難しいということがよく分かりました。最終的には村で話し合って流れを決めるわけですが、一体どんな意見が出るのか、議論になっていくのか今から楽しみです。沈黙…なんてオチになったらどうしようという心配も抱えつつ。

11.08.25【67/730】はじめての三者面談

今日は局長とカウンターパートとMTG。改めて自分に期待されていることと、今後の活動について30分ほどですが話し合いをしました。

とりあえず今週末の予定だったウェスタン州への同行は、出張予算やスケジュールの関係で来週になりそうです。そこではワークショップや住民啓発の活動、津波被災地の復興プロジェクトを見ながら、どのように啓発活動を行うか、そしてツールを作っていくかのヒントを得るのが目的です。うーん、こんな機会をもらえるなんて恵まれている…

もう一つカウンターパートから出た提案がNGOや省庁の関係者と一緒に既存の広報マテリアルや啓蒙ツールを集めて見せ合い、その場で内容やデザインの改善提案を行うというもの。現状では各機関や手法ごとにメッセージが異なっているため、それを統一していきたいというのが彼の思う所のようです。

最後に局長から聞かれたのが、何かビデオやPC、ソフトウェアといった機材を提供できるかという相談。協力隊なら誰もが経験する「モノ」に関するお話です。ソロモンではそんなに欲しい欲しい言われることはなく、今回も「どうなの?」と軽い感じで聞かれたので、とりあえずは「モノではなくて知識や経験を伝えること」が目的だという教科書通りの回答をしました。ただ、もし本当に必要だと思われるものがあればそのときは別途検討したい、と余白を残しつつ。

そしてもう一つ、お願いされたのがPDFの編集をして欲しいという相談。というわけで早速愛用している「Foxit」というフリーソフトをあげて
編集しました。最後に、「Adobeみたいな高いソフトを買わなくても、タダのソフトでこんなことも出来ちゃうんだよ」としっかりアピールして(笑)とりあえず三者面談も無事に終わって、方向性も輪郭を帯びてきたのかな、という感じです。

さて、今日はもう一つ普段オフィスで何をしているかについて。今はWindows Movie MakerとPowerPointを使ったアニメーションづくりの英語マニュアルの作成をしています。最初から言われていた視聴覚教材の作り方を職員へ伝授してほしい、と言われていたので、今後講座を開けるようにその準備をしています。後は、こっちで使えそうな日本の災害ツールや啓蒙手法の情報収集と一部英訳なんかをしています。調べてみると、日本にはいろいろあるんですね。「一日前プロジェクト」「ぼうさいダック」「クロスロード」あたりは、こっちでぜひ使ってみたいツール・教材です。

うーん、村落なのに完全にインドアだなぁ..

11.08.23【65/730】引き出しの大切さ


今日は専門家と大使館の方と打ち合わせ。今回、JICAプロジェクトで「草の根事業」というスキームを使い、タンボコ村で土嚢による道路補修・堤防建設、あと避難所の建設を行うことになっているので、その話し合いです。

草の根事業とは大使館が管轄しているODA事業の一つで、1000万円までの予算で村やNGO等からの申請案件を援助するというものです。ソロモンでは現在、幼稚園の建設や病院施設の拡張などが行われています。

そして、今回行う予定の土嚢による道に補修ですが、京都大学の木村教授が考案したものでこれまでにアフリカやパプアニューギニアなどで成果をあげられています。(「道普請人」で検索すると出てきます)低予算でかつ住民参加を促しながらできるので、協力隊員にはぴったりなので、ぜひ興味がある方は調べてみて下さい。これまでにJOCVで取り組んだ事例もあります(ポータルの資料に入っています)。

今日思ったのは、草の根にしても土嚢工法にしても、知っているのと知らないのでは大違いだということ。どんなに問題をちゃんと把握できたとしても、それを解決できる引き出しが自分の中になければ、その先に進むことは出来ない。それに引き出しが少ないとその方法に執着してしまうけど、たくさん持っていれば一つにこだわらなくても一番合う方法を選び取ることができる。だから、アンテナを張って引き出しを増やすことを怠っちゃいけない、と強く意識させられました。

ただ、こういうところに来ると、今まで自分では引き出しとは思っていなかったことが、思いのほか重宝されたり必要とされることもあります。だから増やすだけじゃなくて、自分の持ってる者の見方を変えて、取っ手を見つけることも大事なんですね。

うーん、日々勉強だ。

11.08.22【64/730】カウンターパート

今日ついにボスがずっと言っていたカウンターパートと出会いました。ボスの部屋へ行こうとしたら、見たことない人がいたので挨拶してみたら、「おー、君が日本から来たボランティアか!」みたいな話になり、話を聞いたら今後一緒に働くことになるよ、と。不意打ちでしたが、やっと会えたーという感じです。

彼は現在、国連開発計画(UNDP)が行っている2010年ウェスタン州の津波復興関連プロジェクトのメンバーで、これが終わり次第、国家災害管理局の職員になるとのこと。これまで農業省や赤十字などで働いてきており、経験は豊富な方のようです。冗談もポロポロ出てくる陽気な人で、ちょっと安心しました。

ここでの彼の新しい役職はDisaster Information and Media Management。日本語に訳すと「災害情報メディア管理」とでもいうんでしょうか。平たく言うと、「広報」みたいなもののようです。以前からボスが言っている、住民啓蒙活動とツールづくりというところからは外れていないのかな。

とりあえずは彼のプロジェクトが終わってから本格的に一緒に活動をすることになります。でもその前にプロジェクトに同行をして何が出来るか考えるということで、来週以降にウェスタン州のギゾへ出張することになりそうです。ウェスタン州と言えばソロモンでもリゾートとして知られる地域。うーん、楽しみだ(笑)…嘘です、ちゃんと働いてきます。

何はともあれ、ちょっとずつ活動の枠組みが見えはじめてきています。

11.08.21【63/730】生命の水

今日はソロモンの水事情について。

ソロモンの首都には水道があります。(地方の大都市には行ったことがないので、あるのかどうか知らず…田舎にはない)しかし、この水道が結構な曲者です。SIWA(Solomon Islands Water Authority)という会社が水道を管理しているのですが、ここの管理がずさんなのです。簡単に聞いた話をまとめると、

・水源を確保したいけど、土地問題でそれが容易にできない。(ここは俺の土地だ!と言い張って使用料を求める。時には根拠もなく法外な金額を要求するなど)
・水源からのパイプが破損していて、水が垂れ流し状態。
・パイプちゃんと管理していないため、不正にパイプが接続されて「盗水」されている。
・料金の正確な徴収制度がないため、二重徴収もしくは徴収漏れ多数。
・結果、数億円規模の負債を抱える

とまあこんな感じ。今、日本のプロジェクトやボランティアが入って改善を試みています。

さて、その水道の水ですが、大洋州には多い石灰質の水のため、やかんなどは真っ白になります。さらに噂ですが、簡易的な水質検査の結果、重金属(カドニウムか鉛だったかな?)が含まれているとの情報もあり、ボランティアの中では水道水は飲まない方が良いというのが定説になっています。果たして真相は如何に?

んで我が家の水事情ですが、この水道の水がほとんど入ってきません。日によりますが、多分平均すると一日2,3時間くらいしか出てこない。水質検査の隊員さん曰く、地区的に水圧が低く水が届かないとのこと。何じゃそりゃ。

そこで大活躍するのがレインタンク。そう、雨水です。これならお金もかからないし(多分)綺麗なので、経済的かつ健康的!そんなわけで大抵のことはこのレインタンクの水でまかなっています。今のところ乾季でも定期的に雨が降っているので大丈夫ですが、これが枯れたときは生命の危機になるでしょう。

ちなみにちょっと困るのがシャワーですが、仕方ないのでパンツ一丁で外に出て、レインタンクから直接水浴びをします。ただし蚊多発地帯のため、終わったあとが痒い…。

そんなわけでソロモンへ来て水の大切さを改めて感じています。きっと協力隊の同期の中には、もっと水に困っている人もいるだろうなぁ。

今、水ビジネスや水戦争なんてことが世界で騒がれてるけど、人が生きるのに欠かせない資源である「水」に関しては、誰もが可能な限り安価で簡単にアクセスできるべきだと思います。命を逆手に金儲けをするような時代を来させちゃいけない。後世に残しちゃいけない、と。

そんなこと思う日曜日の午後。

11.08.20【62/730】8年ぶりの感触

今日も夕方からテニスの集いへ。

その前に日本から送ってもらった荷物がやっと届き、その中にラケットも入っていたので、午前中に意気揚々と取りに行くと「担当者がいないので月曜に来てください」という返事。なんと!仕方なく帰りました。が、そのあと行った先輩隊員は粘った末に荷物の保管庫を開けてもらったとか。うーん、ソロモンではもうちょっと粘りが必要なようです。

さて、そんなわけで自分のラケットが手に入らず、また借り物のラケットで参戦したテニス。人数が少なかったのでシングルスの試合をしていたのですが、これはひどい。サーブ入らない、ストローク打てないので試合にならない。

思い返せば高校で部活をしていた時、ある時からフォアが全然打てなくなってしまい、スランプに入ったまま引退してしまったので、「これ」という打ち方がないわけです。それまで無意識にできていたことができなくなる。いくら思い出そうとしても思い出せない。やってもやってもうまくいかなくて嫌になる。当時はそんな心境でした。

そんなわけで悶々としながらやっていたんですが、ふとラケットの握り方が目に付いたんですね。あれ、昔こんな風に握ってたっけ?と。そこでもう一回握りとスイングを確認して、一番振り易いところを見つけて打ってみると、なんと!思い通りの球が返る!一人でテンション上がりまくり。今日はそこで終わりでしたが、何となく光が見えた回でした。

人のスイングを見たりしながら、繰り返し繰り返しボールを打ち、「こう打てばこういうボールが飛ぶ」ということを知る。そして、さらに「こういうボールを打ちたいからこう打つ」という段階を経て、自分の型を身に付ける。うん、単純だけど奥が深い。

でもこれって何にでも通じることのような気がする。何度も繰り返して失敗して、これだと思う物を見つける。いつからか「結果」ばかりに目が行ってしまって、そこに至る「道筋」の考え方を忘れていたような気がする。そうだ、一回一回やってみて何かを学んでいけば、必ず自分の型を見つけられるんだ。そう考えたら、ちょっと心が楽になれた。

8年ぶりに味わった感触が教えてくれたこと。

11.08.19【61/730】雨量計を設置する

今朝はちょっと良いことがありました。朝、職場へ向かっていると後ろからクラクションが聞こえたので、振り返ると職場のボスが。乗って行けと言われたので、乗せてもらって一緒に職場へ。そこで今後のことについていろいろと話ができました。とりあえず週明けにプログラムオフィサーと話をして、彼のプロジェクトへ同行することになりそうです。やっと動き出せそうな予感。そして何より、ボスとちゃんとまた話ができたこと。ホームステイを若干押し気味に強行したから、ちょっと気不味く思われているかもと心配したてたけど、大丈夫そうでホッとしました。

そして、今日は雨量計の設置へ。朝、水資源の担当者2名を迎えに事務所へ行くと、そのうちの一人の様子が明らかにおかしい。車に乗ってくるや否や執拗に絡んでくる。というか何言ってるかわからない。そして、酒臭い!話を聞けば、今朝までクラブにいて酒を飲んでいたとのこと。おーい。よったソロモン人と面と向かって対峙したのは初めてだったけど、想像通りの性質の悪さです。どう見ても仕事ができる状態ではなかったので、家に強制送還。もう一人、国家災害管理局の担当者を連れて村へ。

村へ行く途中、海岸に立ち寄ってパンと缶詰のランチ。近くに家があったので、現地語で挨拶するとおばちゃんたちから笑いが起こる。

雨量計の設置は昨日の水位計とほぼ一緒。コードを埋めて、アラームを取り付けて、センサーに接続して終わり。水を入れると、ブザーが鳴ります。

これはサイクロンの時期にだけONにするとのこと。ちなみに電気はないので、ソーラーパネルを導入して、定期的に充電をします。

作業が終わると村人からココナッツミルクで煮たバナナの差し入れ。調理用バナナなので芋に近いですが結構美味しい。作業を終えたのと、村人の優しさに心満たされて、村を後にしました。うーん、ベタな締め方だ(笑)

11.08.18【60/730】水位計を設置する

今日は洪水解析の専門家とソロモンの水資源局の担当者2人についていき、簡易雨量計と水位計の設置作業へ同行しました。これは比較的安価(大体1万円くらい)に導入できる簡易型の手作り計器で、水位もしくは雨量が一定以上になると、家に設置した機械からブザーが鳴るというものです。

行きは機材やらを乗せていた関係で、自分はバスで村まで向かうことに。しかし、そのバスがなかなか出発しない。というのも市外へ行くバス(といっても10人乗りのワゴンだけど)は乗客がいっぱいにならないと、発車しません。ということで、20分で行ける村なのに、バス停で1時間半待機。

村に着くと、ホームステイしてた甲斐もあってすれ違う人々から「おばー」「おばー」「また来たのか!」と色々突っ込まれる。うーん、やっぱり村って楽しい。専門家の方たちと合流して、最初の設置ポイントへ向かって早速作業開始。

まずは水位計から。穴を掘って、計器を設置する鉄パイプをセメントで固定します。

次に家までコードを埋める穴を掘ります。ここでも村の人々、とくに子供たちが大活躍。止めてもらったホストファーザーも参戦。

そして計器、ブザー、コードを設置して完了。試しに計器を水につけてみると、ちゃんと音が鳴りました。

プロジェクトに関わらせてもらって、こういう作業に参加させてもらえるのはとっても貴重な経験です。協力隊員でもなかなかプロジェクトと連動できる人ってそう多くはないと思います。もちろん、自分の活動は活動でちゃんと立ち上げてかなきゃいけないんだけど、今後も関わらせてもらえる部分は出来る限り、見ていきたいと思います。

明日は雨量計の設置に行ってきます。

11.08.17【59/730】あるソロモンの若者

ちょっと前からオフィスの同室にいるWalter。彼が来たときに自己紹介だけはしていたけど、どんな仕事をするのかなど聞いていなかったので、今日はじめて話をしてみた。彼は大学を出たばかりで、NDMOの職員ではなく、インターンみたいな感じでこのオフィスにいるらしい。

ソロモンには大学がないため、大学に行くとなるとPNGやフィジーのUSP(University of South Pacific)に行くしかない。それにはすごいお金がかかるので、ソロモン政府やオーストラリア、ニュージーランドなどの奨学金を使っていくのだが、その奨学金の条件の中に「卒業後3年間は海外で働くことを禁止する」というものがある、とのこと。そのため、大多数のソロモン人は大学を卒業すると自国に帰ってくるのだ。

しかし、そこからが問題。ソロモンに帰ってきても仕事はほとんど見つからない。新聞なんかを見ると政府関連や援助機関などの求人があるのだが、たいていはこれまでの経験や職歴が必要なものばかりで、新卒は応募することすらできない。結果、大学を出てもソロモンで職に就けず、さまよう人がたくさんいる、というのが彼の語ってくれたソロモンの就職実情だった。

彼は今、ここでポジションが空くか作られるかを待っているのだという。大学の同級生がこのオフィスで働いていることもあって、一応、そういう方針のもとで組織は動いているようなのだが、ここはソロモン。一体いつそれが実現するのかは定かではない。

「日本では職を簡単に得られるのか?」と聞かれて、「いや、日本でも正社員になるのは難しいんだ」といつものように日本の就職事情を話した。でも、果たしてどうだろうか。恐らくソロモンに比べれば日本の方が就職の機会は多いはずだ。大変さを比べる秤なんてない。けれど、彼らが日本の状況に立ったら何を思うのだろう。そして、今就職難に苦しんでいる日本の学生がこういう他国の状況を知ったら、何を思うのだろうか。

そんな「イフ」を考えたところで結局は自分の置かれた環境でやるしかないのだろう。でも、Fredの時に感じたようにやっぱり選択肢や機会が少ないというのは不公平なことのように思えてくる。

他の職員がビートルナッツを噛んでいる間、彼は黙々とデスクに向かっている。いつか彼が本当の同僚になって、一緒に仕事ができる日が来ることを心から祈りたい。

11.08.15【57/730】もんもんもん

ホームステイから帰ってきて以降、悶々とした日々が続いています。局長に帰ってきた報告をしてもそっけない態度で、カウンターパートとなる人もまだ帰ってきていないとのこと。うーん、ちょっとホームステイしたっていうのを押し過ぎたかな。

そして、実際村へ行ってみて経験できたこと、分かったことも沢山あったんだけど、本当の所は分からなくなったというのが正直な感想です。というのも自分が見聞きしたのが「本当の姿」だったのかどうかもやもやしています。

例えば、日常生活をインタビューすると、大体みんな同じ答えになります。起きて飯食って、農場へ行ってスイムして…みたいに。でも、実際に見ているともっと仕事があるし、行動がある。でもそれを彼らの口から聞けないんです。

とりあえず村に住んで同じ生活をすれば、リアルな姿が見れるもんだとばっかり思ってた。でも、それって違うんだな。確かにたくさんのことを見て体験できるけど、肝心の村人の実際は、何となくぼやけているというのが現状です。

そしてもう一つ、正直言って今のところ、どういうスキームというか枠組みの中で活動していくべきなのかが分からなくなっています。何故なら村落開発普及員という肩書なのに、首都に配属になっているから。

自分の置かれた状況を特別視するのは偏った見方をしている証拠なのかもしれないけど、イメージしてた村落隊員って毎日村を回っているものだった。だからなんかそのギャップにも悶々としてしまっているんだと思います。

でもそんな村落だとかなんて気にするべきじゃないのかもしれない。だってNDMOの人たちからすれば、自分が村落だとかいうのは関係ないわけで。立ち位置がどうであれ、要は役に立つ、問題を解決することが大切なんじゃないかと。

まあ、とはいってもまだはじまったばかり。今は目の前のできる事をやっていくしかないんですね。

しばらくは、もんもんが続きそうです。

11.08.12【54/730】外の世界へ

Fred、32歳、農家兼主夫。教師である妻と3人の子供とタンボコ村に暮らしている。

そんな彼はこれまで出会ったソロモン人とはちょっと違っていた。何故なら、彼はソロモン人にはとても珍しい一人っ子だったから。そして、そのことは彼にコミュニティへの生活への不満を募らせる原因となっていた。

村での生活は人とのつながりによって営まれていることが沢山ある。そして、特に家族というつながりは非常に強い。つまり兄弟がいないということは、家族のつながりが少ないことに直結する。家を建てるときも、プランテーションをするときも俺には家族の助けがない。彼はそう言っていた。

そんなこともあってか、外から来た僕にとても興味を持ち、昼飯や飲みに誘ってくれ(飲みにはいかなかったけど)、いろんな話をふってきた。中でも面白かったのは、ビン・ラディンは本当に死んでいるかとか、NYのWTCビルの崩壊は飛行機の衝突ではなく、爆弾によって引き起こされたんじゃないか、など。他にも仏教についてよく知っていたり。彼曰く、新聞や雑誌などを見ていて情報を仕入れた、とのこと。

ある時、彼がこう尋ねてきた。「俺は今のこのバカげた人生を終わりにして、新しい人生を生きたい。それには何を変えればいいんだ?」と。「それは自分自身の心と行動だよ」と言おうとして、ふと言葉を飲み込んだ。これがもし日本にいたときだったら、躊躇なくその言葉を言い放っていたに違いない。その人がその境遇にいるのはどこかで変わろうとしていない、現状に居座っているからと思っていたからだ。

でもこのソロモンでそれを言うことは出来なかった。どう考えたって機会や選択の自由さが日本とは違う。努力でどうにかできる部分が少ないのに、それは自分の心の問題だなんて、外から来たやつに言われる筋合いなんて全くない。

選択肢が多いことは、必ずしも幸せに繋がらないと思っていた。でも、やっぱり自分の努力が報われない、もしくは努力をしたくてもできない環境は変えていかなきゃいけないと思う。理由がどうであれ変わりたいと思っている人を目の前にして何もできない自分と向き合って、こんなことを考えた。

質問に答える代わりに、「じゃあどういう新しい人生を送りたいの?何か夢はある?」と聞いてみた。すると、「この国に自分の農場を持つか、外国でビジネスを持つことかな」と言っていた。なんだ、僕の言ってることとあんまり変わらないじゃないか。

人はいつだって誰だって外の世界へ羽ばたきたいんだ。

11.08.11【53/730】ホニアラ帰還

計画当初は10日の予定だった村ステイだったけど、あれこれ事情があって8日目の今日、ホニアラへ帰還。大したものがあるわけではないんだけど、村から帰ってくると「あぁ、都会!」と思ってしまう自分がいたり。

村からはホストファーザーと一緒にバスで帰ってきた。午前中に首都で集まりがあるということで少しの間、街を散策しながら時間を潰していたとき、「アイスを食べながら休もう」と言われて、アイス屋に入る。

ちなみにこのアイス屋、「Frangipani」というソロモンメイドのアイスで、これがとってもうまい。ソフトクリームは日本と変わらないクオリティです。しかも、冷凍が甘いせいかアイスが柔らかく、それが逆に絶妙な口解け。ハマる。。

さて、アイス屋に入ったところでふと思ったのが、「ここは自分が払うことを期待されているかな」ということ。ホームステイ中、すごい良くしてくれていたのを心から実感していたので、そんな風に思ってしまったのかもしれない。

ところが、入ってすぐ「席で待ってな。俺が買ってくるから」とホストファーザーが言ってレジに行ってしまった。そして一緒にアイスを食べながら話した後、「じゃっ」と言って彼は行った。「またいつでも来いよ」と言葉を残して。

この出来事、嬉しかったというよりも自分に嫌気がさした。多分、心のどこかで、まだ彼のことを疑っていたように思うから。あんなにお世話になっておきながら、きっと何かを自分に期待しているんだろう。そんな風に疑ってしまっていた自分がいた。

人を信じること。人を疑うこと。

言葉にすれば表裏のような、0か100みたいなもののように思える。でも実際はシーソーみたいに不安定でいつどっちに転んでもおかしくない、そんなものなんだろう。誰だって疑うこともあるし、信じれることもある。

要は自分がどこまで歩み寄れるか、なのかな。残念ながら全員を信じることができない世の中で、というか自分だってそんな誰からも信頼される人間じゃないわけで。常にバランスを取っていくものなんかな、なんて今は思う。


改めて感じる人付き合いの難しさ。

11.08.09【51/730】Tamboko Life 6th day


タンボコ生活6日目。

今日は川の上流部のゾーンへ。Charlesの妻Monicaの親戚にあたるPateleoneの家を訪ねる。彼は60歳で、子供が13人、奥さんは既に亡くなってしまったとのことだった。もらったマンダリンとバナナを食べながら話をしているうちに、部族という話になっていった。

このガダルカナル島にはKilipale、Kakau、Haunbata、Labuili、Sinboの5部族があり、全員がどれかの部族に属しているのだという。部族は女性に紐づいており、母の部族を引き継いでいくようだ。つまり、夫婦だと部族が違うことがあるが、兄弟はみんな一緒、という感じだったと思う。あまり現地語が聞き取れず、また感覚的に理解ができなかったのだけど、とりあえず部族が重要な括りであることは分かった。
ちなみにお隣のマライタ島は男に紐づくとのこと。

その後、家に帰ってからも部族の話が頭に残っていたので、家族にそのことを話した。すると同じ部族間で結婚することはタブーであるということを教えられた。基本的に同じ部族であると分かったら、その人たちは結婚できない。万が一、気づかずに結婚してしまった場合はお金と豚を送らなくてはいけないのだという。

日本ではそういうタブーはないのか?と聞かれたので、今の日本は自由で慣習はほとんど消えてしまっているという話をした。だから互いがよければ誰とでも自由に結婚できるし、ペナルティもないのだと。でも、自分で話しているときにふと思った。本当に日本は自由なのか?こんな偉そうに語れるほど皆が自由に振る舞っているのか?と。

結婚でいえば、今の日本は「婚活」などといってあれこれ条件を並べて「良い人」を見つけようと躍起になっている人がたくさんいる。けど本当にこれが自由な姿なのか。しかも、時代に流された条件や見てくれに振り回されているようにも思える。それなら、昔からのしきたりを守っているソロモンの人々の方がよっぽど気高くて誇らしいんじゃないか。

多分、いつの間にか自分は日本がソロモンよりも上に立っていると思ってしまっていた。そして、自分たちが進んでいると思い込んでしまっていた。気づかぬうちに。いや、気づいていたのに見ないふりをしたのかもしれない。そして、それは僅かであっても普段の態度や姿勢にも現れてに違いない。

偏ることなくフラットにモノを見る。これって口で言うのは簡単だけど実践するのって本当に難しい。どこかで自分の思い込みや固定観念が邪魔をする。でもそれを拭っていかないと、リアルな姿は見られないし、それが見れなければ相手に価値のある活動なんてできやしないんだ。

日々、悩み中。
プロフィール

OBA

Author:OBA
2011年6月より2年間、青年海外協力隊としてソロモン諸島で活動しています。

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