スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

11.08.08【50/730】Tamboko Life 5th day

タンボコ生活5日目。

今日は昨日出会ったAndrianのいる海際の地区まで歩いて向かう。集落へ着くと、「待っていたよ」という出迎えてくれた。「何で今来るって知ってたの?」と聞くと、「朝、別の人が村の中心へ行ったときにCharlesの親戚から聞いたんだ」と答えが返ってくる。これが村の情報網か…と驚きつつ屋根のある場所へ案内されて話をはじめる。

ここは前回の大洪水の際に大きな被害を受けた地区の一つだ。話を聞けば、

・夜の11時にすごい音に気づいて外へ出ると、すでに大量の水が押し寄せていた。
・何とか近くの丈夫な家に避難したが、水が6feet位まで達したので、高床の家が浸水し、低い家は流された。
・家財道具も鶏も豚も農場も流されてしまって、復帰するまで一か月以上かかった。

など、当時の状況を詳細に話してくれた。そして印象に残ったのが、これまでは3日以上雨が降り続いたときに洪水が来ていたのに、そのときは僅か1日で来たということ、そしてこの規模の洪水はこれまに経験したことがない、ということであった。気候変動か。はたまた森林の伐採か。とにかく何らかの変化が災害を大きくするということを思い知らされた。

Andrianと村の中心に戻ってから、再び村の外へ。近くの集落近くまで歩いてみる。途中、地元の学生3人と歩く。学校の話をしていたが、ちょっと気になったので「彼女」はいるか?と聞いてみた。3人中2人はいると答えて、1人は言葉を濁していた。それからの話は、どこかくだけた雰囲気になった気がした。恋バナは世界共通。

帰り道、タンボコ村に67年間住んでいるという老人に出会う。子供11人、孫が32人。日本の感覚で聞いたらたまげてしまう大家族。これから彼は自分のプランテーションの世話に行くらしい。村の生活に定年なんてない。生まれてから死ぬまでが現役。これこそ人間の本性だ。余生なんていう余った人生なんて本当はないんだ。

勝手に学ばせてもらった人生論。
スポンサーサイト

11.08.07【49/730】Tamboko Life 4th day

タンボコ生活4日目。

今日は日曜日ということで村人たちもお休みの日。そして毎週日曜の午前中には教会で村のpreaがあるの、朝から教会へ。Charlesは以前、教会の学校へ通っており、preaの際には他の仲間と取り仕切りをしている。

朝9時になるとぞろぞろと人がやってきはじめ、
教会がいっぱいになったところでpreaのはじまり。聖書を読んだり、寄付を募ったり、みんなで歌ったり、村の連絡事項を伝えたり、約2時間ほどでpreaは終了。

午後は村人たちと雑談。もう一人の教会職員のClioや海沿いに住んでいるAndrianから話を聞く。どうやら前回の大洪水の際、海沿いのエリアはかなり被害を受けたらしい。明日、家を訪ねる約束をして別れる。

家に帰る途中、休憩していた家の軒下で子供たちが物珍しそうにこっちを見てくる。声をかけて近寄ろうとすると、「わー」とか「きゃー」とかいって逃げていく。そしてまたこっちへ来る。なんかこっちもむきになって、捕まえようと走り回る。自然と笑顔になってはしゃいでいる自分。やっぱり子供にはかなわない。

そして、夜はCharlesから地元の言葉であるハーリーを習う。これはガダルカナル島の北西部で話されている言葉だ。ピジン語とは全く違い、英語のかけらもない。記憶に残っているのを挙げると、こんな感じ。

 Dou Macharaka → こんにちは
Dou Murabi  → こんにちは
Dou Bongi   → おやすみなさい

papara → 暑い
sosogo → とても
mai → 来る
hahani → 食べる
tetero → ちょっと
pai → 犬
vittu → 腹減った
masu → お腹いっぱい

ひとつひとつを声に出すたび、家族が嬉しそうに頷く。

preaに参加すること。子供と遊ぶこと。現地語を話すこと。こんなことは自分じゃなくて誰にでも出来る事なんだろう。でも、今ここにいるのが自分なら、それは自分にしかできないことなんじゃないかとも思う。というかそう信じたい。

11.08.06【47/730】Tamboko Life 3rd day

タンボコ生活3日目。今日は休みの日。といっても村を回っていろいろと雑談をする。

本当はwild pigpig(イノシシ)狩りについていく予定だったけど、村長の姉妹が亡くなったために中止に。ちなみにイノシシは近くのbushにたくさんおり、犬を連れて狩りに行くとのこと。時には犬が死んだり、人が怪我をすることもあるそう。イノシシ恐るべし。

夜には毎月6日に行われているFamily Preaへ参加。これは親戚同士で行うお祈りです。ソロモンの人々の大半はキリスト教を信仰しており、信仰心もかなり強い。宗派によっては酒、たばこ、ビートルナッツ、さらには肉食を禁じていて、人々もそれをちゃんと守っている。

さて、そこで出会ったのが老人のFrancis。今はタンボコ村から少し離れたところに住んでいるけど、家族は村へ住んでおり、今は村の相談役(どうやら村長より偉い)であるとのこと。そんな重鎮の彼から、家族のことや宗教のこと、ガダルカナルの部族のことなどを聞いた。

なかでも面白かったのは、ソロモンのクレジット会社のこと。フィジーの会社のソロモン支店ンで、彼はそこからお金を借りてこれまでにトラック2台とミニバス1台を購入したとのこと。5-7年分割で利子が25%だそうな。これで彼は村で作った作物を首都へ搬送する代わりに、村人たちから輸送費をもらっている。うーん、賢い。「ソロモン人は計画性がない」といろんな人が言っていたけど、出来る人はちゃんとやってるんだな。でも最近は担当者が変わり、しかも踏み倒しが発生していることもあって、利子が50%に値上げされてしまったそう。やっぱり計画性がない人もいるのか…まあどこでもそうだけど。

結局夜の22時ごろまで話をして、そこから帰宅。昼間は分かっていた道も、夜になると見分けがつかない。もはやジャングル。そんな中、Charlesはスタスタと歩いていく。しかも裸足で。そういえば前のホームステイの時も、こっちの人たちの生きる姿に驚かされた。嵐の中、一人でカヌーを漕いで魚を取ってくる50歳のお父さんの姿を見て、「あぁ、自分はここで生きていくのは無理だ」と思った自分がいた。

今まで旅をしていた時に感じた「外側にいる感覚」。そこに住む人たちとの間に感じる壁のようなものを取り払ってみたくて、協力隊に来た部分が少なからずある。でも結局それは変わらないのかもしれない。長くそこに住むことで、そこに暮らす人がすることを、真似することは出来る。でも、それではやはり「訪問者」「外部者」なのだ。その土地の人に「なる」ことは、並大抵の覚悟がないとできない。つまり、住むこと、暮らすことがイコールその土地に入り込むことではない、ということに、今更ながら気づかされたような気がする。

じゃあ外部者である自分が、どうすればその土地の人たちと向き合って接することができるのか。それをこの2年間で見つけていくのが、一つの自分の役割のように今は思えている。

村の長い夜の独り言。

11.08.05【47/730】Tamboko Life 2nd day

タンボコ村生活2日目。今日は小学校への訪問とZONE5の散策。

朝、Charlesに連れられて村の中心にある小学校へ。ソロモンの学校はPrimary(Grade1-6)とSecondly(Form1-7)に分かれている。そして、Primary→Secondly、Form3→4、5→6、6→7に上がる際に試験があり、これに通らないと上がることができない。ちなみにタンボコ村にはForm3までのクラスがある。

各教室を覗いた後、Charlesの兄弟であるFrancis先生を紹介してもらい、彼のクラスを見せてもらう。教室では算数の授業中。だったけど、しばらくしてFrancisから「日本語の文字を教えてほしい」と言われ、急きょ教壇に立つことに。とりあえずひらがなを書いて、一緒に発音してみる。そして、生徒の名前を聞いて、それを平仮名と漢字で書いてみた。ちなみにこんな感じ。

 ・Francis → 不乱士須
 ・Jocob  → 徐子武
 ・Erick  → 江立九
 ・Charles → 茶阿留図

ヤンキーと同レベルですね。まあでも生徒は喜んでいたようなので良しとしよう。でも真剣にノートに書かれると、ちょっと申し訳ない。

学校を後にして、今度はZONE5にあるCharlesの奥さんMonicaの両親の家へ。ここではクマラ(サツマイモ)のココナッツ煮を頂きながら、村の生活について聞き取り、というより雑談をする。

村の人々は大部分がコプラ(ココナッツオイルの原料でドライココナッツの果肉を焙ったもの)とカカオを売ってお金を得ている、とのこと。これは輸出用。他にバナナなどを週数回首都のマーケットに売りに行っている。つまり、大半は農家をしているのだ。プロジェクトの事前調査で大半の家庭が定職を持っていないと答えていた理由がわかった気がした。

「職についてる人はいないのか?」と聞くと、「職に就くには大学に行ってないと採用してもらえない。学校を出るにはお金があって、かつ試験に一発で受からないといけない。試験に失敗すれば、学校を辞めて家に帰ってくる」という答えが返ってきた。うーむ、教師隊員の人たちがソロモンの教育制度は宜しくないと言っていたのはこういうところを指していたのか。

前回のホームステイのときはただ「村にいた」だけであった。でも今回はいろいろなことを質問して紙に書いていくと、一日でもたくさんの小さな発見があった。これを積み重ねていった先に何が分かるか分からないけど、ちょっとずつ村の暮らしに近づけていけているような、そんな気がした。

11.08.04【46/730】Tamboko Life 1st day

今日からタンボコ村にて10日間のホームステイ。タンボコ村は首都があるガダルカナル島の北西部にある村で、首都からバスで30分ほどの距離にある。

今回の目的はコミュニティの生活実態を調べて記録に残すこと。そしてJICAプロジェクトの対象村であることから、良好な人間関係を築くことも大事な目的である。

お世話になるのはCharlesさん一家。水位計と雨量計の引き渡し式の際に知り合い、今回ホームステイをお願いしたところ、謝礼金がないのにもかかわらず、快く引き受けてくれた。でも、二週間近く泊まらせてもらうので、お米とヌードルのお土産を持って行く。うーん、十分なのかどうか分からない…

今日は初日ということで特に活動は行わず。ご近所さんに挨拶したり、Charles家の人たちと話をしていた。そして、はじめての川スイムを経験。ピジン語ではシャワーや風呂に相当する単語はスイムになる。つまり水浴び。でもこれがなかなか気持ち良い。水に浸かれるというのは、風呂好きの日本人には嬉しいものです。

さて、水浴びをしていると、村の人たちが「スイムしてるのか?」と聞いてくる。いやいや、見ればわかるだろうに!そして、シャンプーを指さして、「これを使えばお前みたいな髪になれるのか?」と。いやいや、それは生まれつきですから。

スイムの後はご飯を食べて家族と一緒に団欒タイム。そして村の夜は早く、9時過ぎにはみんな寝床へ入っていく。ということで明日から村生活、本格始動です。いきます。

11.07.28【39/730】スタートラインを引く

今日は夕方にNDMOのBOSSとのMTG。配属されて一週間が経つが、活動の形が正直見えてこないので、とりあえず自分で今後の計画と期待されている(と思われる)ムービー(題材は日本の震災)をつくって、面談を申し込んでみた。

自分が創ったプランというのは、まずJICAプロジェクトの対象であるタンボコ村で活動をして、そこでできたツールや手法を別のコミュニティへ広げていくというもの。合わせて職員へのツール作成の指導も行う、という内容だった。

それを話したところ、まず言われたのが、「君はJICAのプロジェクトで来たのか、それともNDMOの要請によって来たのか」ということ。「もちろん、後者です」と答えたところ、「だったらなんで村をプロジェクトと同じにするのだ。私たちの対象はソロモン全体なのだから、もっと広い視点をもってもらわないと」という言葉が返ってきた。

たしかに要請内容を見たときから、自分はJICAのプロジェクトと一緒に動いていくものだと勝手に思い込んでいた。だから自分はパイロットサイトのタンボコ村へしか基本的に行けないし、そこがメインの活動場所になるもんだとばっかり思っていた。でも、どうやらボスはそれを望んでいないということがはっきりと分かった。それと同時に、とても狭い範囲で活動を決めようとしていた自分が情けなく思えた。

さらに話を聞いていくと、カウンターパートとなるプログラムオフィサーがおり、その人は来月の半ばまで別の仕事に行っているとのこと。その人が戻ってき次第、一緒に働いてもらうので、それまでは自分の考えたプランで動いてくれ、ということで今日のMTGは終わった。

今回のMTGで一番思ったことは、自分一人で考えていても何も進まないということ。自分は考え込む癖があるから、どうしてもオープンになれないときがあって、日本で仕事をしていた時もそれがマイナスになっていたことがよくあったと思う。でも、やっぱりそれじゃダメなんだ。自分はこう思うというのを、自分から伝えていかなきゃなのも起きないし、何もはじまらない。本当に基本的なことだけど、最初それに気づけたことは大きかったと思う。

何はともあれ、とりあえず今日でスタートラインを引けたように思えます。まずは来週から始めるホームステイに向けて準備をしなきゃ。

小さな一歩だけど、確かな前進、かな?

11.07.23【34/730】はじまりの日

今日はついに訪れた配属の日。本当はもう少し前に配属予定だったのが、ホームステイが伸びてしまった関係でちょっと後に。何はともあれ無事に調整員と一緒に職場へ挨拶をしてきました。

改めて自分の職場と要請内容について簡単に説明を。私が今回所属されるのは国家災害管理局という機関です。ここはソロモンにおける災害前の防災・減災対策、災害時の緊急対策、そして災害後の復旧・復興を行うところです。

また、ここをカウンターパート機関として、JICAが大洋州コミュニティ防災能力強化プロジェクトというものを2010年10月から3年間行っています。これはソロモンとフィジーの村を対象に特に洪水への防災対応能力強化を図るというものです。現在、専門家が一人ソロモンとフィジーへ常駐しつつ、複数の専門家が短期で出入りをしてプロジェクトが進められています。

では、自分はここで何かできるのか。災害に関する知識はほとんどない自分がどんな役に充てるのか。実はこれからそれを考えていかなくてはいけません。特に自分は「村落開発普及員」、つまり村を拠点に活動する職種であるのにもかかわらず、職場は首都。つまり、村からは遠い位置にいながら、コミュニティへのアプローチを考えなくてはいけない。正直に言って、今の所あまりイメージは湧いていません。職場のボス曰く、コミュニティの啓発に使うムービーなどのツール作成とその指導をしてほしいとのこと。あれ、村落じゃない!?(笑)

でも、やっときた場所。自分が望んで立った舞台。だから不安もあるけど、やっぱりワクワクしている気持ちの方が大きいです。きっとうまくいかないこと、辛いこともあるだろうけど、ここが2年間で自己表現をするキャンパスだと思って、精一杯やろうと改めて思えた配属日でした。

11.07.22【33/730】念願のマイホーム

本日、一か月住み続けた隊員ドミを出て、ついに我が家へお引越し。といっても歩いて徒歩30秒という好(?)立地なので、荷物の移動は30分もかからずに終了。前もって掃除もしておいたので、初日から普通に生活できています。

しかも、前任の人がいろいろと置いていってくれたおかげで、家財道具はほとんど買い足す必要がありません。ありがとうございます。

ここでちょっくら我が家の紹介。3LDKの家に一人で住むという何とも贅沢な暮らしっぷりなので、あまり詳細を見せると反感を買いそうですが…まず、ここが入口。ベランダのようですが、玄関として使います。

deck

入るとリビング。広いです。むしろこれだけで十分な気が。

living

続いてキッチン。奥の扉は物置ですが、使わなくてもモノが全然置ける広さ。

kitchen

部屋①。ここは使っていません。もしお客さんが来るようなことがあれば、その時に使うと思います。

room1

部屋②。ここが我が寝床。あとから蚊帳を設置しました。マラリア予防というより、安眠のため。ここは蚊が多くて、オチオチ寝てられません。

room2

部屋③。ここは物置兼雨の日の洗濯物を干す部屋です。

room3

トイレ。良く水が止まるため、バケツスタンバイ。

toilet

洗面とシャワー室。ここも水が不定期にしか出ないため、一度も使ったこと、いや使えたことがありません。

bathroom

そして、我が家にとって最も重要な設備のレインタンク。これで一日に使う水のほぼ全てをまかなっています。もちろんシャワーもここでパンツ一丁になって浴びます。

raintank

これが2年間を過ごす我が城です。もともとはニジェールの砂の家を想定していたので、まさか首都のちゃんとした家に住めるとは驚き&戸惑いです。まあせっかくなので首都の暮らしを満喫したいと思います。

11.07.16【27/730】ホームステイ@Atoifi

7月11日より4泊5日の予定で語学訓練ホームステイへ行ってきました。場所は首都ホニアラのあるガダルカナル島から飛行機で30分ほどのところにある、マライタ島東部のAtoifiという町。

以前にも先輩隊員が活動したり、ホームステイに行ったりしていた場所なのでいろいろと話を聞いていたけど、車がないやら、由緒あるソロモンが残る場所だとか、海がきれいやら、とにかくどんな所かワクワクしながら出発の日を迎えました。

ということで朝、まずは飛行機の確認。ソロモン国内はソロモンエア一社のみが飛んでいるけど、これがまたよくキャンセルになるため、リコンファームは必須です。無事に飛ぶことが分かったので、任地に帰る先輩隊員と同期隊員と一緒に飛行場へ。

ほぼ時間通りに呼び出しがかかり、進んでいくとまさかの荷物チェックなし。刃物でも可燃物でも何でも持ち込めます。そして、飛行場に出るとそこには10人乗り(操縦士含む)の飛行機が。人数が多いと、操縦士の隣という特等席に座れるそうです。が、もし操縦士に万一のことがあれば、そのときの運命はその人に託されます(笑えない…)

さて、飛行機はブルブルと音を立てて飛び立ち、無事Atoifiへ到着。滑走路はもちろんコンクリート舗装などなく、ただの野原です。そしてそこから滑走路を逆走して歩くこと30分、船着場に到着し、今度はそこからカヌー(手漕ぎ)に乗って各々が滞在する村まで向かいました。

私が泊まったのはCanaanという村のDavidさん一家。夫婦と息子5人が暮らす家で、お父さんは年に半年くらい首都へ大工の仕事に行っています。家は海岸に面した高台の家で、海まで徒歩5秒、絶好のアクセスです。

村での暮らしはまさにシンプルライフ、ベーシックライフ。人々は基本的に自給自足の生活をしており、食べ物はキャサバやサツマイモ、タロと魚、あとはコアというマングローブの新芽などをモツという蒸し焼きにするのが一般的です。ときどき米や飼っている鳥を食べたりもします。電気はソーラーパネルから取ってますが、基本的に夜の電灯と携帯電話以外の電化製品はありません。

ホームステイ中はひたすら子供たちと戯れていました。カヌーに乗って近くの浜辺で遊んだり、ココナッツを取ったり、漁に出たり、カヌーの修理したり…あ、レリーアイランドという無人島にも行きました。しかも嵐の中をボートで1時間。おかげでこれまでの人生で一番つらい船酔いに見見舞われました。船酔いが限界超えると吐血して呼吸困難になるんですね。ちょっと死ぬかと思いました。

そんなこんなで別れの日の金曜日、朝8時の飛行機ということで早朝に起きると、同期隊員が滞在する別の村の校長先生(彼がホームステイの調整役)から電話があり、飛行機が11時になったとのこと。なのでゆっくりと支度をして、みんなに別れを告げてオフィスへ行くと、今日は天候不良で飛ばない事が判明。なぬー。しかも翌日は飛行機がない(もともと月と金しか定期便はない)ので日曜になるそうな。ほうほう、あと二日間もグータラしていいのか(笑)

そこで、自分はもう一つのBethany村の校長先生のお宅にお世話になることに。ここでは親しくなった教師のSimonと日本とソロモンの習慣や幸せ、歴史などについて話したほか、ギターを弾いて子供たちと合唱したりと、まったりしながらも「つながり」を意識できる時間を送りました。ちょっとずつだけどピジン語にも慣れてきて、少しずつ言いたいことも言えるようになってきたし。でも村の人は地元語(ラングス)を教えようと頑張ってくるので、ピジンの練習にならないときもあります(笑)

さて、肝心の飛行機ですが日曜日は首都からの乗客がいないという理由でまたもやキャンセルとなり、翌日の月曜日もラジオでは11時に来ると言っていた飛行機が結局14時になってやっとくるという結末。結局、4泊5日の予定が7泊8日のホームステイとなりました。さすがソロモン、アバウトです。

何はともあれ本当に良い時間を過ごせました。また休みが取れた時にはぜひ訪問したいです。ありがとう、Atoifi!!

11.07.10【21/730】ボーっとしています

今日はグータラ日曜日。お金をおろしにちょこっと外出した以外は、猫と戯れたり、本読んだり、ギターを弾いたり、人と駄弁ったり。まあこんな日があってもいいでしょう。

日本にいるとふとこういう時間の過ごし方が「もったいない」「怠惰である」という風に思えてしまうことがある。何かしらしていたり、予定がないと、生活・人生が充実していないんじゃないかという感覚。でもきっとそれは「錯覚」だと自分に言い聞かせるようにしている。一般的にはどうかわからないけど、少なくとも自分にとってそういう時間は大切だし、必要なものだと思うから。

外山滋比古さんが著書「ライフワークの思想」の中で、「一人でボーっとする時間の大切さ」について書いていたのを思い出した。詳しくはちょっと忘れたけど、そういう時間があってこそ自分の中に寝かせていた考えや発想が芽を出す、というような内容だったように思う。

自分のボーっとする時間がそんな高尚なものかどうかは分からないけど、とりあえず良いと思えるんだから大切にしてみようと思います。でもこれをだらける言い訳に使わないように気を付けないと、ホントの怠惰になっちゃうなぁ。

11.07.09【20/730】テニス会

今日は先輩隊員に誘われて、夕方からテニスへ。事務所の横にあるテニスコート(とはいってもかちかちのコンクリートだけど)で所長や大使館、企業の方と一緒に二時間ほど試合形式でプレーをしました。

高校以来ほとんどやってなかったのと、ここ最近の運動不足と、元来の運動神経の鈍さから結果は散々。でも海の見えるテニスコートでの運動は格別でした。これは毎週土曜の恒例行事になりそうです。あー、ラケットとシューズが欲しいなー。

訓練所の頃から思ってたことだけど、何であれ一芸を持っているということは本当に良いな、と。自分がそれを楽しめるし、さらにそれを通じて友達ができたり、人とのコミュニケーションツールにもなっていく。他の人と自分が好きなことで繋がっていけるのは、本当に楽しくて貴重な時間です。

まだソロモン人とそういう関係が作れていないのが寂しい限り。今後2年間でどんなつながりが創れるか、今から楽しみです。

11.07.08【19/730】KAVA BAR

今日は街外れにあるKAVA BARなる場所に連れて行ってもらう。KAVAとは胡椒科の植物の根っこを煎じて作った、軽い鎮静作用のある飲み物。バヌアツやフィジーでは昔からよく飲まれていて、ソロモンでも幾つか飲める場所があると聞き、連れて行ってもらった。行ったお店はソロモンにしてはおしゃれなバーで、珍しくウィスキーやリキュールなど色々な種類のお酒が売っている。店内(といってもオープンだけど)には外国人が多く、KAVAを飲んでる人は誰もいない。我々は早速KAVAを頼んでテーブル着く。

既に作られた白濁した液体がペットボトル一杯に入っている。それを御椀のような器に入れて、ぐいっと一気に飲み干すらしい。早速飲んでみると、何とも言えない微妙な味が口いっぱいに広がる。土臭くて苦い。ほのかにスパイスのような味もする。一杯では僅かに舌が痺れるように感じるが、気分が落ち込むということはない。でも何度か飲んでいると、全身が少し気怠い様な、重い感覚になっていくような。これが効能か?正直美味いものではなかったけど、そこまで悪いモンでもなかったかな。

どの国、地域にもそこ特有な文化や習慣がある。そして、これを受け入れられるかで見える世界は大きく変わってくると思う。たとえそれを好きになれないとしても、それを体験することができれば自分の価値観の幅を広げることができるし、また相手もそれを見て自分のことを認めてくれることだってある。だから、こっちにいるうちは「なんでも試してやろう」だけは常に持ち続けたい。ただし、命に支障がない程度に。

11.07.06【17/730】Popo

PopoとはPijin語でパパイヤのこと。こっちではそこらへんにいっぱいパパイヤの木があるので、市場に行けば2ドル(大体30円くらい)でそこそこの大きさのパパイヤを買うことができる。ちなみにココナッツも中ぐらいの大きさで同じくらいの値段。一人暮らしの家計には本当にありがたい食材です。

でも実はパパイヤは嫌いな食べ物の一つだったり。以前インドで食べたパパイヤがあまりに強烈で、それ以来どうも熟したパパイヤの匂いと味が苦手になってしまっている。ただ例外があってソムタムというタイの青パパイヤのサラダに関しては、大好物。ということで早速パパイヤを買ってサラダにしてみる。

パパイヤを千切りにし、四つ切トマトと一緒に炒ったピーナッツとナンプラーと唐辛子を合わせたタレにからめる。適当に作ってみたけど思った以上にそれっぽい味になりました。周りからは不思議な味、辛過ぎると言われたけど、これがタイ風ということで許してもらい(笑)

何はともあれ、ホームステイ後からはじまる初めての一人暮らし@ソロモンに向けて、どんどんと料理のレパートリーが増えていってます。

11.07.03【14/730】Toktok lelebet

今日は先週も行った日曜でも開いているマーケットへ買い出しへ。ガススタンドの脇の店のようなスペースの前で同期隊員の買い物を待っていると、小さな子供を抱いたお母さんに出会った。

挨拶を交わして、習いたてのピジン語でたどたどしくも会話していると、ちょっと休んでいきなと中の椅子に案内してもらう。さらに中にいたもう一人の女性と一緒に雑談をする。子供のこと、いつなんで自分がソロモンに来たか、他愛無い会話を五分くらいしたところで相方が戻ってきたので、お別れ。別れ際、子供が笑顔で手を振ってくれたことで、自分の心が満たされてくのがわかる。

マーケットで野菜を買って、地元の人と雑談をして、ちょびっとだけど自分がソロモンに近づけたんじゃないか。そんなことを感じた日曜の午後。

11.07.01【12/730】Coconut Milk

人生で初めてココナッツミルクを絞りました。
先輩の野菜栽培隊員の方に教えてもらい、包丁でドライココナッツの身を叩いて割り、スクリッパーという木の板の先端に丸い刃の付いた専用の器具で中の白い果肉を削っていく。はじめはうまく回せず苦戦するも、徐々に慣れてくと小刻みに音を奏でながら、気持ちよく削れていく。それに水を少々加えて絞ると、ココナッツミルクの完成。今日はかぼちゃの葉っぱとツナ缶を一緒に煮てミルキムを作り、ご飯にかけて食しました。とっても美味♪

ココナッツミルクも買うことができるけど、ココナッツのみを買うのと比べたら10倍以上の値段がします。たしかに手間はかかるけど、自分で絞ってご飯を作る。効率とかいうものの全く逆を言ってるけど、でもそういう時間や経験って人生を豊かにしてくれる。そんなこと感じながらゴリゴリとココナッツを削っています。

11.06.29【10/730】アメオトコ

ソロモンに来てから今日まで毎日雨が降っています。いつもは夕方あたりに降っていたけど、今日は朝から降っててどことなく憂鬱。まあ、いわゆるスコールのような感じで長時間降り続くことはめったにないけど、降るときは前が見えないんじゃないかってくらい豪快に来ます。

でも僕たちが来る前の一か月は、2,3回しか降らなかったとのこと。結構雨男な自覚があるので、調整員やドミの管理人に「日本の梅雨も一緒に連れてきちゃいました」と言ったところ、ソロモンでは水不足が深刻だから雨が降ると本当に助かると、はじめて雨男を褒められました。

こっちの家にはよくレインタンクがついていて、それで足りない分の水を補っています。でも一方で、公共の水道がいろいろな問題を抱えていて、水源から水が垂れ流しになっていたり、料金徴収が50%しかできてなかったり、土地問題で水源が確保できなかったりと、ひどい有様とのこと。日本では蛇口をひねれば当たり前に水が出ることが、実はすごいことなんだとソロモンに来て実感しています。

こっちにいると、水道だけじゃなく日本のインフラとか制度とか、あとは人間的な部分とか、良かったんだと改めて気づかされることが多い。日本にいるときは日本のここがダメだとか悪いとか言ってたけど、外に出ると実は日本てすごかったんだと思えてくる。

そして、これからソロモンで過ごしていくと、ソロモンの嫌な部分も沢山見えてくるんだろう。でも日本に帰ったとき、今度はソロモンの良かった部分、すごい部分が見えてくることもあるんじゃないかと思う。そして、それは先進国的な便利さとか物質的な豊かさとは違った、別のモノであるような気がして、今から楽しみでならない。

日本からソロモンへ梅雨を持っていったみたいに、今度はソロモンから日本へ帰るとき、何か日本で輝くものを持って帰れれば、なんて雨空を見上げながら考える今日この頃です。まあ、ソロモンで雨が降っているのは自分のせいではないけどね。

11.06.28【9/730】一歩を踏み出す準備

今日は現地語訓練の前に、専門家と調整員の方々と一緒に太平洋防災強化プロジェクトのパイロットサイトになっているタンボコ村を訪問した。村のチーフという方に挨拶をして、専門家の方がプロジェクトの説明をしているのを向かいで聞いていた。窓からこちらを覗く子供が僕の視線に気づいて、笑みを浮かべている。

今日、村を訪問したことで自分がソロモンで働くということを改めて感じた気がした。プロジェクトのことは書ける範囲でまた詳しく書こうと思っているけど、今回はJICAが行っているプロジェクトに関連しているから、枠組みも他のケースよりしっかりしているし、それだけ周りからの目もよりシビアなものになるんじゃないかと思ってる。

それで実のところをいうと、こっちに来てからこれまで感じていたわくわくの気持ちの中に、少しずつ不安のようなものが芽生えてきていることに気づいた。それは自分が関わるプロジェクトを知るほどに感じる責任と、自分に何ができるだろうという迷いが混じっているような感じ。

もちろん、ボランティアという立場で入る以上、成果とか責任というものはそこまで大きくはないというのは所長も専門家の方も仰っていた。なんだけど、やっぱりプロジェクトに関わらせてもらう以上、少しでもそれがうまく回るように貢献していきたいという気持ちもあるし、足を引っ張りたくないという思いも強い。

だから、村という一つの共同体に体一つで入っていって、そこから何かを生み出していくこと。そのイメージを少しずつ創っていかなきゃいけない。とはいってもまだ何も見ていない、何もしていない状態でこんなこと言ってもなかなか思い描けないのが現状だけど。でも2年という限られた時間をどう使っていくか、どうこの先の人生に繋げていくかをちゃんと考えていかなきゃいけないな、と思う今日この頃です。

11.06.25【6/730】View of Solomon

今日は先輩隊員と一緒に働く専門家のご家族とバーベキュー。ビサレというホニアラから西に車で1時間ちょっとのところにある村へ行った。中心部を過ぎると景色はどんどんと変わっていって、気づけば道は舗装されておらず、道端にはリーフハウスが並ぶような光景が広がっている。すれ違いざまに村人たちが大きく手を振るので、それに応えて手を振りかえす。

目的地に着いて横道にそれた村の中へ入っていくと、先輩隊員が村人と話をして、その先にあるビーチの方へ誘導された。話をしているときから集まってきた村人たちがぞろぞろと車の後を付いてきている。木陰に止まった車を降りると、目の前に大きな海が広がっていた。

何とも言えぬ景色。

海、太陽、村人、ヤシの木、イメージしていたソロモンの風景がそこにあったような気がした。もしここに住んでたら、そりゃ「リゾートに行くのか!」と突っ込まれるのも頷けてしまうな、と。ちなみに首都のホニアラは泳げる海もなく、ガヤガヤした街でリゾートさも全然なく、イメージとは全然違っていたというのが本音。

まだたったの数日だけれど、日本で抱いて勝手に持ってきたソロモンのイメージはどんどんと崩れ去っている。でも、それは悪い意味じゃなくて、確かに首都はきれいな海も大した娯楽もなくてちょっと怖い街だけど、面白い人々もいるし、風景だってたくさんある。少しずつ、自分なりのソロモンの面白さや楽しさを見つけていけれるようにしていきたい。

「こういうものだ」という固定観念や思い込みを脱ぎ捨てていく感覚。ただ今、全開です。
プロフィール

OBA

Author:OBA
2011年6月より2年間、青年海外協力隊としてソロモン諸島で活動しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。